喜びの小道

前回の投稿から、3ヶ月以上の時間が経ってしまいました。その間に、人生の大きなイベントがたくさんありました。家の完成、母の退院、引っ越し、母の召天、義妹の結婚、仔犬を迎えるなど。これら全部が、3ヶ月の間に起きました。

sunrise over a forest

母は、昨年4月に抗癌治療をやめたときに、お医者さんから余命宣告を受け、残された時間は半年ほどだと知りました。6月末には、救急車で運ばれ、そのまま緩和ケア病棟に入院となりました。母の心には、私たち夫婦に迷惑をかけたくない、という強い思いがあり、最期は病院で過ごすと決めていました。母は、優しいお医者さんや看護師さんたちに親切にしてもらい、紙粘土や塗り絵を楽しみながら、入院生活を謳歌していました。

10月に入っても、母は思いのほか元気で、“完成した私たちの家を見たい”という、諦めていた夢が、ひょっとしたら実現するかも…??と、希望が湧き始めました。母に紙粘土を教えてくれた看護師さんが、「酸素や点滴の管が付いていない身軽な状態で、会いたい人に会い、家も見てきたらどうですか?」と提案してくれました。それで、11月に一時退院することを考え始めました。

footpath through a forest of autumn leaves

けれども、その頃から母の病状は大きく変化し、なんだかおかしいと気づいた日から、あっという間に悪くなっていきました。食欲も殆どなくなり、嘔吐することも増えました。母は、吐いたり痛みに苦しんだりしながら、頭の混乱や幻覚症状とも戦っていました。そんな母の様子を見て、私は面会からの帰り道、泣いてばかりの1週間がありました。でも、「今与えられている恵みを数えて感謝しよう」と心に決めました。その時から、今、母のいる場所が、死に向かう悲しみの谷間ではなく、天国へ続く喜びの小道に変わりました。

一時退院し、家で母を看る間、患部を温めたり、周辺を優しくマッサージすると、ある程度痛みが引けて楽になるようでした。そうすると、痛み止めのモルヒネを飲む回数も減り、嘔吐することもなくなりました。頭の混乱も良くなり、幻覚や幻聴も減りました。痛みが酷くなってからではモルヒネの効きが悪くなるので、今は温めるべきか、マッサージするべきか、モルヒネを飲ませるべきか、母の様子をよく観察し、正しく判断する必要がありました。

私は、このまま母を最期まで家で看たいと思いました。24時間介護が必要な末期癌の母を引き取り、最期を自分で看取ることが、果たして賢明な判断なのか、夫婦で話し合いました。私はやはり、そうする以外に考えられませんでした。夫は、「結婚するとき、どんな時もどんな事も一緒に乗り越えると誓ったから」と言って、私の決心を夫婦の決心として支えると約束してくれました。

two wedding bands on top of a Bible

私たちの結婚の誓いは、聖書に基づいたものです。

“ふたりはひとりよりもまさっている。ふたりが労苦すれば、良い報いがあるからだ。
どちらかが倒れるとき、ひとりがその仲間を起こす。倒れても起こす者のいないひとりぼっちの人はかわいそうだ。
また、ふたりがいっしょに寝ると暖かいが、ひとりでは、どうして暖かくなろう。
もし、ひとりなら、打ち負かされても、ふたりなら立ち向かえる。三つ撚りの糸は簡単には切れない。” 伝道者の書4章9-12節

神様は、どんな時にも三つ撚りの糸の中心にいて、私たち夫婦を強めてくださいました。夫は、結婚式で誓った言葉を誠実に守り、母が困っているとき、辛いとき、助けが必要なとき、いつも私と一緒に支えてくれました。

girl in white dress running through a meadow of flowers

昨年12月、私たちは、母を連れて一緒に新居に引っ越しました。3人で思い描いたデイブレイクに、母は本当に住むことができたのです…!母は毎朝、ベッドから見える青空を眺めて、「この家に住めるなんて、本当に幸せ。神様は優しいね。」と、目をキラキラ輝かせました。自分の痛みや苦しみに、最期まで、ただの一度も文句を言わない母でした。

今年1月3日、母は、図面に描き込んだ、お気に入りの自分の部屋で、天に召されました。息を引き取る時には、イエス様の優しい眼差しに応えるような微笑みをたたえて旅立ちました。母は今、喜びの小道を歩き終え、天に備えられた、デイブレイクよりさらに素敵な永遠の住まいへ引っ越し、神様とともに永遠を過ごしています。きっと、天国のお庭を、楽しそうに駆け回っていることでしょう…☆彡

dirt road leading into the sunset
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