5. カインとアベル

two preschool boys holding hands and walking down a path

この記事を英語で読む(近日公開)

Bible Story 5

タイトル:カインとアベル
聖書箇所:創世記4章1節-26節

あなたが正しく行ったのであれば、受け入れられる。ただし、あなたが正しく行っていないのなら、罪は戸口で待ち伏せして、あなたを恋い慕っている。だが、あなたは、それを治めるべきである。

創世記4章7節

The Story

golden field of wheat

エデンの園を去ったアダムとエバには、カインとアベルという、ふたりの男の子が誕生しました。彼らは成長し、兄のカインは農夫、弟のアベルは羊飼いになりました。

ある日、カインとアベルは、それぞれ神様に捧げものを持って来ました。カインは畑の作物を、アベルは飼っている羊の中から一番良い羊を神様に捧げました。神様は、アベルの捧げものを喜び、カインの捧げものには目を留めませんでした。

カインは、自分が捧げたものを認めてもらえず、怒りに燃えてうつむきました。彼の心の中は、アベルに対する嫉妬で煮えたぎっていました。神様は、そんなカインの心を見て、「なぜ顔を伏せているのですか?」と尋ねました。そして、怒りを治めるように忠告しました。

a toddler boy pouting while being carried by dad

けれどもカインは、気持ちを正しく処理することができませんでした。怒りは勢いよく全身を駆け巡り、底知れない深い闇が、カインを飲み込みました。カインは、誰の声も、何の音も聞こえなくなりました。あるのはただ怒りだけでした。悪魔に心の手綱を預けたカインは、弟のアベルに襲い掛かり、殺してしまったのです…!

アダムとエバのDNAと共に、罪の性質も受け継いだ彼らの子どもは、悲惨な事件を起こしました。禁じられた木の実を食べるという、小さな失敗に思えるような罪が、次の世代へと連鎖し、殺人という悲しい罪を生んだのでした。

The Lesson

Point: 神様に喜ばれるものを捧げる

神は、カインとアベルの捧げる心を見ておられた。アベルは最良のものを選び、心から捧げものをしたのに対し、カインは違った。また、当時の捧げものは、将来罪が赦されることを象徴するものであった(早わかり聖書ガイドブック / フランシス・ブランケンベイカー著 P.335参照)。罪を犯して永遠の命を失った人間が、もう一度永遠の命を得るには、罪を赦される必要がある。何かを弁償するとは、それと同じものを提供することである。命の弁償には命を提供することが必要である。命は生きものの血にある。そのため、身代わりとなる動物の血を流す犠牲が求められる(へブル9章22節)。捧げものは、血を流す動物である必要があったが、カインの捧げものはその条件を満たさなかった。

a white lamb inside a fenced field

この条件は、何らかの方法でカインに知らされていたはずである。カインの反抗心か、またはアダムのように神を軽んじたのか、いずれにせよ、カインは従わなかった。神はなぜ怒っているのかカインに尋ね、彼に心の内を告白するチャンスを与えた。もしカインがそこで本音を暴露していたら、怒りは行動に移らなかったかもしれない。怒りは抑え込んでも消えないが、口で告白することで解消への一歩を踏み出すことができる。

By Grace「ちぐはぐなプレゼント」

woman holding a gold box

私はこの間、生まれて初めてぎっくり腰を経験しました。いつものように掃除機をかけ終り、壁に立てかけようと、ちょっと持ち上げただけなのに、何をどうしたのか痛めてしまったのです。

vegetables at a grocery store

その日は動けず、予定していた食料品のお買い物は夫にお願いしました。買い物メモには、買ってきてほしいものをずらっと書き連ね、「にんにく」の横には「青森県産」と書き加えました。私のこだわりで、国産のにんにくを選ぶようにしているのですが、いつもお世話になっているスーパーには、国産のにんにくは青森県産のものしか置いてないのです。夫は出かける前にメモをよく読み、買い物メモの通りに買ってきてくれました。もちろん、青森県産のにんにくも。私はおばあちゃんのように腰をさすりながら、夫に感謝を伝えました。

もし夫がメモを全く無視してお買い物をしてきたら、どうだったでしょう?せっかくお買い物に出かけてくれたのに、私の反応は、「…ありが…とう…?」となったと思います。カインはそんなことをしてしまったわけです。

a basket of garlics

カインは神様の求めているものを知っていたでしょうし、用意することもできたはずです。それでもそうしなかったのはなぜなのでしょう?「青森県産のにんにく?いやいや、にんにくなんかより、生姜が必要なはずだ!」と自分の勝手な判断を押し付けたか、「国産なんて高いじゃないか!」と、惜しんだか、または、「いちいち探すのは面倒くさい!野菜なら何でも良いでしょ」と、そこらへんのもので済ませたか。どれも愛のある行動とは言えません。カインはアベルに嫉妬しましたが、アベルと比べてカインの捧げものがどうかという問題ではなく、カインの神様への愛そのものが、良くなかったのです。

カインが捧げた、ちぐはぐなプレゼントに、神様が「…ありが…とう…?」となったので、カインは怒ったのですが、それはまるで、「せっかくプレゼントしたんだから喜ばなくちゃダメ!」と、自分の気持ちを押し付けているようです。その心と行動を分析すると、彼は自己満足のために神様にプレゼントしたと言えます。誰かのために何かをするときに喜ばれる条件というのは、相手が必要としているもの、かつ一番良いものを選ぶことです。それは、相手への愛が込められ、相手を尊重している表れだからです。

感謝なことに、夫はメモの通りの青森県産のにんにく、かつ新鮮なものを調達してきてくれました(*^^)v

私は、神様の願いや価値観をよく知って、最高の愛を神様にささげたいです…!

Application:神様に最高の愛をささげられるように、神様の願いや価値観を聖書から学びます!

私たちは、知ろう。主を知ることを切に追い求めよう。主は暁の光のように、確かに現れ、大雨のように、私たちのところに来、後の雨のように、地を潤される。

ホセア書6章3節
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